ホームズをひとつも読まずにミステリーを書く(QED ベイカー街の問題)

ホームズをひとつも読まずにミステリーを書く

先日、「QED ベイカー街の問題」(高田崇史)を読了。

先の「百人一首の呪」や「六歌仙の暗号」とは変わって、日本から離れ、シャーロックホームズに絡んだ事件と、その界隈の話でした。

シャーロキアンが殺害され、容疑者もシャーロキアンでという話。

小説自体は、ミステリーの部分と蘊蓄の部分が絡みあって、こっちで開陳された知識が事件の核心に迫る、これまでと同じ形式のミステリー。

事件は、アリバイの問題と、ダイイングメッセージの問題だろうか。

犯人が暴かれるにつれて、事件の着地点も見えてくるのだが、最後にもうひと捻りあって、想定していた着地点を踏み外す。

というか、解決には片手落ち(着地点を基準にすると「片足落ち」だが)にミスリードされた。

というふうに、私が勝手に思っているだけかもしれないけれど。

 

事件に絡んだ分野の膨大な知識と解説

「ベイカー街の問題」に関わらず、これまで読んだQEDの3作に共通する事だが、読者が疎い分野についてガッツリ解説が入っている。

個人的には、木谷恭介の宮之原警部シリーズで、撥鏤尺(ばちるのしゃく)に関した事件の話を思い出した。

というのも、撥鏤尺の事件も、とある事件の周りで共通認識とされている情報や知識の解説を小説の一部とする形式が似ている。

特に、動機に関して、何故犯人が犯行に至ったかは、被害者や関係者が携わっている分野に多少の知識がなければ解明できない。

そのため、ミステリーの“フェア”を維持するには文中にその分野の知識を加えないといけない。

私のように、ミステリー作家を称しながらシャーロックホームズは一切読んだことのない人間にも、ちゃんとシャーロックホームズについての知識(ちゃんとネタバレを避けた形で)の解説もタタル(本作探偵役)の口から述べられる。

事件の経過とともに、その分野における問題点も核心に近づき、その核心が事件の核心と結びつき……。

それが本作の場合は、ホームズの失踪の前後での人格の変遷であり、「百人一首の呪」では百人一首とは何かであった。

ちなみに、宮之原シリーズの撥鏤尺(「大和いにしえ殺人事件」らしい)の事件については、読了から時間的隔たりがあり、内容については覚えていない。

 

ホームズ未読の自称ミステリ作家

上述の通り、ミステリー作家を自称しながら、ホームズは読んだことがない。

ホームズに関する知識は、コナン君が意気揚々と語る内容と、その他の種々なミステリーから断片的に語られる事柄のみ。

ベイカー街に住んでいて、兄は英国皇室ともかかわりがありそう。

格闘術を身に着け、バイオリンが弾ける。

ワトソンの職業や経歴を初対面で言い当てる。「あなた、新体操をしていますね?」とかね。

で、モリアーティ教授と一緒に谷に落ちた。

でも復活した。

……このくらいか。

 

私の読書歴にはABCもXYZもない。

ちなみに、ミステリーの始祖と言われる、モルグ街の殺人も未読。

エドガー・アラン・ポーはもちろん、江戸川乱歩も未読。

横溝正史の金田一耕助は、映像で見ただけで未読。

孫の「はじめちゃん」の方は、ボチボチ読んでる。

 

海外古典に目をやっても、上述の通りモルグ街は未読。

クリスティも未読。

「そして誰も……」とか、「アクロイド殺し」とか、「オリエント急行」とか、その辺はストーリーとしては知っているけれど、未読。

クイーンも未読。国名シリーズは有栖川有栖さんのもののみ。こちらは全部読んでる。

つまり、私の読書歴には、ABCもなければXYZもないのです。

 

で、ふと思い出したのが、東川篤哉の「学ばない探偵たちの学園」のこんな一幕。

刑事:「ははは、そいつはいい。真犯人はオラウータンだったりしてな」

探偵部:「そんな話は仮にミステリーとしても三流ですよ。そんな小説書く人がいたら、みんなの笑いものですね、きっと」

 

私はコレを笑えない(笑)

 

ま、逆に古典と呼ばれるミステリーを読んでないから、仮にトリックが被っても、パクリじゃない(笑)

 

 

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