本が出版されてすぐあたりに読んだ本。
「書く習慣」いしかわゆき 著
ブログを書こう、もっと文章を書いて公開しよう、なんでもいい、書いて書いて、たぶん書くの個人的には嫌いじゃないし、そこには楽しさも苦しさもあるだろうけれど、書いてれば好きになっていくだろうし、自分は今日から書く人になるぞ!
と、魔法にかかったような、書きたい欲と書きたい情熱が湧きだした、というのが読了後の正直な感想かな。
読後は間欠泉のように「書きたい欲」と「書きたい情熱」が噴き出した。
それから、あっという間に数年が経ち、今回読書感想文としてアップするのに再読。
最初に読んだ時にレビュー的な読書メモは、ブログにアップする十分な量を書いていたのだけれども、結局アップしていなかったみたいで、今回のこの一連の読書ノートブーム的な流れに乗って、ネットの網にひっかる事になった。
で、本文にある通り、
映画、小説。ここが良かったとかあのシーンが良かった、こう良かった、これは好きじゃなかったなどの思いはしばらくすると思い出せない。「楽しかった」だけのぺらっぺらな感想になる。
だから、忘れないうちに言語化して残しておく
最後まで読み切ったら、秒で感想を書く
ってあるから、再読から始めたよ。
斜め読みだったけれど、もう一度ハイライトを作り直して、コメントを付けて読書メモを作って(前のに追記の形)、そこから、この記事を書いてる。
もちろん、再読した甲斐があった。
書いていればいずれそれがどうにかなって……
前回のレビューの頭には、「ブログをしっかり書こう!と思わせてくれた本。それが継続できているかどうかは別として。」
とあった。
「書いていればいずれそれがどうにかなって、自分のために働いてくれる(かもしれない)から、記録として、とにかく書いて書いて書いて、残しておく。そんなことを考えさせられた」
とも。
ここ最近の読書ノートブーム(個人的なブームね。世間的には知らん)で、いくつかの記事を連続して挙げるに至っているが、その直前を見てもそれほど頻繁なブログの執筆は行ってこなかった。
このブログに限らず、いくつか運営している他のブログに関しても、半分くらいはAIにたたき台を書かせて、その修正に回る事が多く、小説の執筆に至っては、かなりご無沙汰な状況。
それじゃ、ちょっとダメかなと思う今日この頃。
それが、読書ノートを付け始めて、少し自分の文章を書く事がまた増えてきて、そのナンバー2にこの本のレビューを書いていることは、何かの思し召し!? かもしれない。
尚、読書ノートを書き始めて、No.002に過去に読んでいた本書の読書ノートを書いて、ブログ用の記事のために再読、記事の執筆の順番です。
「そのハードルの下くぐっちゃえよ!」と囁く。
と、ここまで書いてだ。
「書くぞ!」と思わされた本。以外の感想や本書の内容に触れていないと気付いた。
なので、少し触れておこう。
本書は、書くハードルをすごーく下げてくれる。
なんなら、「そのハードルの下くぐっちゃえよ!」とささやいてくれる。
「うわぁ~」と思ったら「うわぁ~」って書こう。
意味のない文章に意味付けするのは読んだ人(だから意味のない文章でいい)
奇麗な締めは要らない。「終わり!」と自分から言ってしまう。
たとえ「へたくそ」でも公開しちゃえ!
「書くか、書かないか、ただそれだけ」
などなど。
「勢いに任せて書いてしまえ」
「勢いがなくても、だらだら書いて『終わり!』って書いて、公開しちゃえ」
と、やや乱暴だけれども思いっきり背中を押してくれる。
この本を読むと、ホントに書く事に対するガードが緩くなる気がする。
ちゃんとした文章を書くのは、とりあえずちゃんとしていない文章でも書いてから、推敲してみればいいかな。
と書き出すと、そのままでいいかな。公開しちゃえ、となってしまう。
そんな感じの爽快感と意欲に満ち溢れた読後感でした。
という感じで、終わり!


